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ニコライ二世

余はドアの錠を下ろす。
これで何人たりともここに入って来られまい。
小窓の傍にすわり
空の惑星の動きを観察しよう。
惑星よ、汝は獣に似ている!
汝は太陽の獅子、惑星の君主、
汝は空の君臨者。汝は皇帝・・・
余もまた皇帝
汝と余は二人兄弟だな
窓から余を照らしておくれ
余の天空の親戚よ
汝の光線が
弓のように余を通り抜けるように
余は両手を開き
鷹のごとくなろう。
翼を空中にはためかせ、
地上に別れ、飛び立つのだ。
さらば、地上よ!さらば、ロシア!
さらば素晴らしいペテルブルグ!
民衆が帽子を上に投げる、
そして大砲が轟く
勲章に埋もれスーボロフ公がやってくる
あとからクトゥーゾフ公がやってくる
そしてロマノーソフは大きなバスの声で
戦の庭に兵を呼ぶ。
そして潅木の間を歩兵が走る
元帥が野辺を行く。

アレクサンドラ・フョードロブナの声
コーリャ、あなたそこにいるの?

ニコライ二世
ああ、そこだよ。どーぞ、お入りなさい!

アレクサンドラ・フョードロブナ
 入れないわ。あなた、ドアに鍵をかけたでしょ。早く開けてちょうだい。あなたにちょっと言わなくちゃいけないことがあるのです。

ニコライ二世

    いま開けるよ(ドアを開ける)

(アレクサンドラ・フョードロブナが入ってくる)

アレクサンドラ・フョードロブナ

窓辺で何かしていましたね
アダム・アダムィチが庭からあなたを見て
ひどく驚いてしまって
私のところへ駆けてきましたよ。

ニコライ二世

  そう、それはまったくその通りである。
  余は窓ガラスを拭いていたんだよ。
  ちょっと水滴がついていたものだから、
  「よし拭いてやろう!」と思ったのだ。

アレクサンドラ・フョードロブナ

 召使を呼ぶことが出来ましょうに!

ニコライ二世

 ミーチカを呼んだが、ミーチカは来なかったから。

アレクサンドラ・フョードロブナ

 それならばバルタザールをお呼びなさいよ。

ニコライ二世

 バルタザールは台所に座ってる
 女たちとの愛にキリキリ舞いさ
 教えておくれ、アダム・アダムィチはどこだ?

アレクサンドラ・フョードロブナ

 アダム・アダムィチは薔薇色の客間で
 ヴァラビヨーフと会談中。
 ヴァラビヨーフの娘のマリアが
 トゥーラに婚約者と逃げてしまったものだから。

ニコライ二世

 何を言っておる!
 これはまたニュースではあるまいか
 彼女の婚約者って誰なんだい?

アレクサンドラ・フョードロブナ

 スタソフのような何とやら。

ニコライ二世

 スタソフのような!
 だけど彼は立派な老人じゃないか!

アレクサンドラ・フョードロブナ

 老人だってピョンピョンとびながら歩いているのがいますよ。

ニコライ二世

 ああ、世界の成り立ちとは驚異だ! 
 死者はみな消滅に急ぎ
 生者はみな 昼も夜も
 自らを不滅にせんと努める
 薔薇であれ魚であれ人であれ、
 どこもかしこも愛の皇国だ!
 おお、スタソフ!汝は老人
 汝のあごひげは銀色
 羽根ペンは汝の手の中で震える
 汝の声は過ぎし日の力を失い
 汝の足は曲がり角で音を立てるようになった
 そして馳走のあまたは汝の胃臓がもう受けつけぬ、
 それなのに興奮で心臓が波打つのは前と同じ、
 腹黒い悪魔が汝の中で悪ふざけするのも前と同じ。

アレクサンドラ・フョードロブナ

 アダム・アダムィチがヴァラビヨーフと一緒にこちらに来ます。
 髪をなでつけ、ガウンをなおして下さいな。
 

ヴァラビヨーフとアダム・アダムィチ(登場しながら)

こんにちは!
こんにちは!
こんにちは!
こんにちは!

ニコライ二世

こんにちは!
こんにちは!
こんにちは!
こんにちは!
 

ヴァラビヨーフ

よけいな心配事と
数え切れぬ親戚のゴタゴタは置いておき
仕事に行った方がましでしょう
私たちは仕事に日々を捧げましょう。

 

1933年 107

 


 ニコライ二世(18681918)はロシア最後の皇帝です。アレクサンドラ・フョードロブナ(18721918)はニコライ二世の妻、皇后でした。
 ニコライ二世とその家族は、全員革命時に銃殺されていますが、ひとりアナスタシアという3番目の娘だけが生き残ったという説もあります。